「作っている時、時間を忘れる。それが向いている証拠かなと思うんです」
そう穏やかに笑う彼が、なぜ「三味線」という伝統の扉を叩き、今、葛飾の地で何を形にしようとしているのか。その情熱と挑戦の軌跡を辿りました。
映像のファインダー越しに出会った「職人の生き方」
千葉県で育った西村さんは、幼い頃から手を動かして何かを作ることが好きな少年でした。「外で遊ぶより、家の中でミサンガを編んだりしていましたね」と語る彼が、大学時代にのめり込んだのが映像制作でした。
大学で学ぶ傍ら、ウェディングカメラマンとして現場に立ち、その後は独学で葛飾の職人たちをテーマにしたドキュメンタリー動画を制作し始めます。
「自分がものづくりを好きだったから、職人さんの姿が単純にかっこいいと思ったんです。それを作品にしたいと思って、葛飾の職人さんの元へ通い始めました」
棕櫚(しゅろ)たわし、革ベルト、段ボール……。葛飾の町工場を巡り、レンズ越しに職人の指先を見つめる日々。そんな中で出会ったのが、三味線工房「三絃司きくおか」の河野公昭(こうの・きみあき)さんでした。
「三味線」ではなく「親方」に惚れて叩いた門戸
実は、最初から三味線に特別な関心があったわけではありません。撮影の打診をした際、河野さんからは「三味線は一本打つのに1、2ヶ月かかる。数日の撮影では伝えきれないよ」と断られたといいます。しかし、そこから西村さんの運命が動き始めました。

「親方は、いかにも『頑固職人』という強面ではなく、すごくマイルドな方。元々はサラリーマンを経験してから職人の世界に飛び込んだ方なんです。その背景や、三味線を海外に広めたいというビジョンを聞くうちに、この人の力になりたい、この人のそばで学びたいと強く思うようになりました」
大学でポルトガル語を専攻し、海外への意識があった西村さんにとって、親方の語る「三味線のグローバル展開」は、自らのスキルを活かせるロマンに満ちた場所に見えました。
「もし親方が漆職人だったら、僕は今、漆を塗っていたかもしれません」
そう言い切るほど、技術そのもの以上に、親方の「生き方」と「価値観」に惹かれ、大学在学中からインターンとして工房に通い詰めるようになりました。
伝統の音を「理屈」ではなく「体」で覚える
大学卒業後、正式に弟子入りして2年。西村さんが日々向き合っているのは、三味線製作の極めて緻密な世界です。
三味線に使われる木材の中で最高級とされる「紅木(こうき)」は、深い赤色を帯び、水に沈むほど密度が高い木材です。
「今は輸入が制限されており、国内にある限られた在庫を大切に使うしかありません。この堅い木を削り出し、美しい曲線の『天神(先端部分)』を手作業で彫り出すのは、至難の業です」
一本の木から流れるような木目を揃えてパーツを切り出します。機械による量産も可能ですが、職人の指先が生み出す独自の型と木目の美しさによって、楽器の価値は10万円から100~150万円へと変わります。

西村さんは今、三味線の胴に皮を張る「皮張り」などのメンテナンス作業を行っています。
三味線作りは、感覚の世界です。皮を張る際の糊ひとつとっても、もち粉を水で練るところから始まります。湿気や温度で仕上がりが変わる天然素材を相手に、どれだけ強く張れば良い音が出るのか、どこまで張れば破れてしまうのか。その加減は、言葉で教わるものではありません。
「親方は、あまり手取り足取りは教えてくれません。基本を教わったら、あとは見て盗む。自分でやってみて、失敗して、どうすればいいか試行錯誤する。その繰り返しです」
作業に没頭し、納得のいく仕上がりを追求する中で、かつてミサンガを編んでいた少年のような純粋な「作る楽しさ」が、彼を突き動かしています。
伝統を「今」の感性でパッケージする
最近では、親方が開発した紙製三味線の「小じゃみチントン」の製作にも注力しています。
「チントンは構造こそ簡略化していますが、胴の作りなどは本物と同じ。皮のかわりにユポ紙という丈夫な紙を貼っています。手軽に三味線の魅力に触れてもらいたいんです」

西村さんは、この「チントン」のパッケージングや、ビームスジャパンとのコラボ、ウルトラマンモデルの特注品製作など、伝統の技を現代の感性で届ける役割も担っています。
職人として修行を積む一方で、西村さんは今も映像制作を続けています。しかし、その視点は以前とは明らかに異なります。
「自分が作り手になった今、職人の技術や想いをどう深掘りすべきか、本当に聞きたいことが分かるようになりました」
過度な演出を削ぎ落とした誠実な動画は、職人の魅力を海外の人にも伝えるための武器でもあります。伝統の技の裾野を広げる活動にも余念がありません。
葛飾の街で見つけた、一生の仕事
現在、西村さんは葛飾区の東新小岩に住み、自転車で工房へ通っています。工場の音が聞こえ、多種多様なものづくりが息づく葛飾の空気が、今の彼には心地よく馴染んでいます。
「今、仕事は楽しいですか?」という問いに、彼は食い気味に、そして力強く答えました。
「あ、楽しいです。作っているのが好きなので」
これから何かを始めてみたいと考えている同世代に対し、彼はこうメッセージを送ります。
「もし心が動く出会いがあったなら、一歩踏み出してみればいい。扉を開けてみれば、そこには想像以上に奥深く、面白い世界が広がっています」
葛飾の若き職人は、今日も鉋(かんな)を握り、木を削り、皮を張る。その指先が生み出すのは、単なる楽器ではありません。伝統という長い歴史の糸を、現代、そして未来へと紡ぎ直す、確かな「音」なのです。

