「足元をよく見てみてください。なんてことない小さな緑地にも、そこには確かに生きものたちが根付いていて、豊かに暮らしているんです」
都内随一の水郷景観を持つ、都立水元公園。その一角にある環境教育施設「水元かわせみの里」で、柔らかな笑顔を浮かべながらそう語るのは、専門員の野間さんです。かつて「幻の鳥」と呼ばれたカワセミが当たり前のように飛び交うこの場所で、彼は日々、訪れる人々に自然の声を届けています。

一見、物静かな専門家に見える野間さん。しかしその背景には、意外な挫折と、そこから這い上がった「営業マン」としての過去がありました。
抑圧された好奇心が、葛飾の自然で爆発した
東京・亀戸の団地で育った野間さん。周囲に豊かな里山があったわけではありませんが、幼少期から生きものに魅せられ、近所の公園でアゲハチョウを追いかける少年でした。
しかし、進路においては「医者の家系」という家庭環境から、自らの情熱を自由に選べない時期を過ごします。紆余曲折を経て東京農業大学へ進学し、ようやく野生動物の世界へ足を踏み入れるも、卒業後、自然史系博物館の学芸員を目指していたのにたどり着いたのは和菓子屋の営業職でした。
「生きものと遠く離れた場所」で過ごした3年間。しかし、ここで培った「相手に伝わる話し方」が、後に大勢の前で自然を解説するガイドとしての最大の武器になります。
「やっぱり、生きものの世界に戻りたい」。その一心で、自然を相手にする仕事を目指すも「元和菓子屋営業」ゆえに書類落ち。でも、あきらめずに直談判の末に面接へ。粘りの逆転で、この世界に足を踏みいれました。
都会の隙間を埋める、生きものたちの「回廊」
専門員として6年。野間さんは、水元公園が持つ「都会の奇跡」とも言える多様性に今も心を躍らせています。
「春は命の誕生の季節。カワセミも園内 5 箇所ほどで子育てをします。
夏はナイトウォッチング。羽化するセミの神秘的な姿が見られます。
秋はどんぐり探し。マテバシイやシラカシなど、長いもの、丸いもの、小さいものなど様々な姿かたちのものがあります。
冬は渡り鳥。ここでは年間 100 種以上の野鳥たちに出会えますが、冬はシベリアなどから多くの鳥たちが渡ってきます。
ここは、様々な生きものが息づくサンクチュアリ(聖域)です。
でも一方、今の自然は人間の活動によって、『分断』されているのも事実なんです」

野間さんは、自然を守ることは決して「遠くの誰かの仕事」ではないと語ります。
今、彼が力を入れているのが、施設の前での「田んぼ作り」など、ボランティアの方々と共同で行うビオトープ造りです。
「例えば、自宅のベランダに小さな水桶を置いて植物を育てる。それだけで、そこは例えばトンボたちの住処となり、また次の水辺へ移動するための『中継地』にもなります。点在する都会の緑を、僕たちがベランダや庭を通じて繋いでいくことで、生きものたちの『回廊(コリドー)』ができる。そのネットワークが、100 年後の豊かな環境を支える土台になる。人も生きものだから、自然とのつながりなしでは生きられない。僕は、人と生きものが本当の意味で寄り添う合い、共に生きる社会を作っていきたいんです。」
「解像度」が上がれば、世界はもっと面白い
野間さんのガイドには、いわゆる「先生」のような威圧感がありません。
「僕は精神年齢 10 歳ですから(笑)。子供たちに『教える』のではなく、楽しんでもらう。彼らが見つけた発見に僕自身も驚いたりと、同じ目線で一緒に楽しみたい。正解を提示するだけではなく、彼らの疑問に答えつつ、一緒に考えることも大切にしています。お互いの見え方を知ることで、新しい視点が見えてくるのが面白いです」
この「共に楽しむ」姿勢こそが、野間さんが大切にする自然体験の根幹です。

野間さんは、自然について詳しくなることは「世界の解像度を上げること」だと言います。
「ただの草が、名前を知ることで『一つの生きもの』に代わり、その草とつながる『虫たちの暮らしが』見えてきます。ただの環境音も、その持ち主の姿とつながることで、例えば『カワセミの地鳴き』として鮮明に聞こえ始める。解像度が上がれば、いつもの散歩道は何倍も豊かな場所に変わります。私たちが食べているものも、すべて自然の循環の中にあります。生きものを知ることは、自分たちの暮らしの根っこを知ることでもあるんです」
葛飾の路地を抜け、緑のカーテンをくぐった先。今日も野間さんは、目を輝かせながら、足元の自然に広がる小さなドラマを翻訳し続けています。
「世界が広がっていく感覚の楽しさを、ぜひ水元公園で感じてほしいですね」
